青葉台駅周辺の再開発の話は?

1966年に開業した田園都市線の青葉台駅ですが、長年にわたり駅周辺の開発を起源に都市開発が進んできました。それが多摩田園都市計画です。団地や商業施設などが建設され、住宅地も確保され、桜台やたちばな台、鴨志田や榎が丘などといった地域の区画整理などが積極的に行われました。今回は、青葉台駅周辺の再開発についてお話しします。

具体的な候補地はどこなのか?

団地建替えのプロジェクトが自治体を中心に行われているのが、桜台団地の建て替え計画です。青葉台駅から歩いて約10分近くの距離ですが、西側に桜台公園と青葉台小学校、南側に中学校と生活する意味では最適なシチュエーションとなり、団地の前の道は桜並木が街路樹となっているのが特徴です。

歴史をたどると田園都市線が開通した1966年、神奈川県住宅供給公社によって完成し18棟(456戸)で構成された大規模な住宅団地です。

しかし、建物の老朽化が進み居住している方の高齢化が進み、それに伴うバリアフリー化が遅れているため立替が約15年前から検討を進めてきましたが、2019年の臨時総会をもって一括楯活による再開発を行うことが決まりました。住民の方に関しては移転を伴う立ち退きが行われ、それが完了した2021年度から解体工事を着工し最終的には2025年前後の完成が計画上において予定されています。

先に話した桜台団地に関しては、URリンゲージと横浜市住宅供給公社の共同事業として行われ、現行の18棟の半分以下の6棟に縮小されますが、地上5階建ての総戸数820戸に現行の456戸と比べ飛躍的に多くなり、実質的には入居者数増加となる公算が高いため大規模建て替え工事に関しては横浜市内全体においても前例すらないため、国内で最大規模の計画となります。

完成当時は若くても・・・

1966年完成の団地は当時、人口が飛躍的にアップした時期でした。しかし、都心の開発には限界があり、近郊部分の再開発をもって東京都内の人口を調整しようと各地で再開発が進められました。

都内なら多摩地区(稲城など)のほか、千葉の北総地区を筆頭に青葉台を含む横浜北部も対象とされ、区画整理が積極的に行われてきました。郊外に団地を建設したのはその象徴であり、一つの建物に不特定多数の住民を入居できるのが特徴でした。

完成当時に購入した方々が長年にわたって住み続けているがために、年齢も高齢化が進んできたのもその証で、田園都市線沿線(二子玉川~中央林間)においても、高齢比率の高さがつくし野(東京・町田)が一番高く、青葉台はその二番目に高くなっています。

そのため、団地が追い付かなくなったのも前述の通り。建て替えの契機となった理由の一つとされています。事業が完了した場合はバリアフリーに考慮した構造になり、さらに住みやすくなるよう改善されます。

団地の老朽化に伴う再開発問題は?

青葉台駅前にも団地があり、日本住宅公団によって建築されています。こちらは1967年に完成しているため、50年と半世紀前の建物になっているため、老朽化した現状です。桜台団地の建て替えを伴う解体が始まると、こちらもバリアフリーなどについて問題視されるでしょう。

また、青葉台駅前の高層団地が3棟ありますが、こちらが駅前の青葉台プラーザビル(現・東急スクエアNorth2~4)で1967年に完成しています。駅前の再開発の話は出てきましたが、直接再開発を行ったとしても採算面において厳しくなり、結果的にペイできなくなる恐れがあるため、駅周辺の再開発は事実上中止されています。

駅前の象徴だったケンプラザ青葉台ですが、こちらは解体後立替が行われます。今後は建て替えを伴う工事が始まり、まずは解体→整地が行われるのが第一段階です。

南側となる駅前周辺も再開発が行われ、東急グループ所有の商業施設の見直しが目的に整備され、2000年に開業したのが青葉台東急スクエアです。1993年に再開発されていった経緯から、駅周辺における再開発はある意味完了したのではないかと思われます。

まとめ

青葉台駅とその周辺の再開発については、南口は完了していますが、北口は築年数が半世紀となる施設がありますが、3棟のマンションビルに関しては事実上中止されました。やがて訪れるであろう設備老朽化に伴う建て替えなどの話が出てきた場合、駅前の北側はどのような進化を遂げていくのでしょうか。